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続ヤカンの先生

 
                              忠臣蔵

 心底惚れた志ん朝師匠がお手本にしていたから という訳じゃなく、小生は 今に至るも


「万太郎の呪い」とでも申しましょうか、金馬師匠の芸は不当に貶められていると遺憾に


存ずる次第です。万太郎クンはオクビにも出しませんでしたが、破礼噺(バレバナシ)を拝聴


すれば、その噺家の芸道精進のほどが一発で分かります。ご案内の通り、破礼噺は艶笑落


語のことでして、下ネタをサラリと語って、ご婦人にも嫌悪感を覚えさせず、クスリと笑


わせるというのは生半可な話芸ではありませんぞ。金馬師匠の破礼噺中で小生の大好物は


仮名手本忠臣蔵の四段目「塩冶判官切腹」のパロディでした。国家老大星由良助の到着を


待ち侘びる判官は、由良助長男の力弥に「由良助はまだか」と尋ね、力弥「未だ参上仕り


ませぬぅ」。時は流れ、力弥は判官ご正室かほよ午前の寝屋のお相手を勤めます。かほよ

前は 感に堪えず「力弥 そちゃ まだ行かぬのかぇ」、力弥「未だ参上仕りませぬぅ」。


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ヤカンの先生


                 金馬

 小生贔屓の古今亭志ん朝師匠は「噺の好みから言やぁ親父の志ん生なんですが、本当に


お手本にすべきはヤッパリ金馬なんです」としみじみ述懐したことがありました。ご案内


の通り、三代目三遊亭金馬は、当時の文壇に君臨した俳人、久保田万太郎から「個人的な


遺恨でも?」と勘繰りたくなる程の酷評を受けておりました。「低俗平凡に過ぎる」とい


う訳です。万太郎先生は自らの脱俗高踏趣味で落語も賞味しようとしたんでしょうが、落


語こそは大衆芸能の雄であり、小生を含めた名も無い市井の人々が木戸銭払ってまで聴く


噺が、気取らず分かり易くて何が悪いのでしょうか。桂文楽師匠も「芸人に下手も上手も


なかりけり 行く先々の水に合わねば」と喝破しています。出っ歯で禿げ頭の愛嬌たっぷ


りのご面相、勉強熱心で噺の故事来歴に精通し、蘊蓄を垂れたがるところから「ヤカンの


先生」と仇名されてました。勿論「知ったかぶり」と「禿げ頭」の掛け詞(コトバ)ですぜ。


続トンガリ


 正蔵返上後は彦六と名乗りましたが、甲高く高低に微妙な揺らぎが目立つ発声、これを


裏切るスローテンポな口調の上に講談師顔負けの明瞭な語尾で、不安の中に勧善懲悪を演


出する奇妙な格調漂う高座でした。今では林家木久扇のモノマネで縁(ヨスガ)を偲ぶのみ。


                 
                 林家彦六

 トンガリ正蔵面目躍如の演目「蛸坊主」は端倪すべからざるものでした。名刹、高野一


山の僧を騙る似非坊主4人が料理屋で精進料理を鱈腹食って後、吸物の出汁に生臭物の鰹


節が使われていると因縁を付け「長年の修行が御破算となった。どうしてくれる」と強請


ります。居合わせた本物の高野山の高僧が4人を諌めますが、居丈高になるばかりです。


高僧が「高野一山の僧と仰るが愚僧の面体に覚えは?」と質しても知らぬ顔。「ここな蛸

主」と叱る高僧に「蛸坊主とは何を根拠に」と4人は掴みかかりますが、逆に高僧から

に投げ込まれ、4人分8本の足だけが水面上に。高僧、莞爾として「それ、蛸坊主めが」


トンガリ


 ご案内の通り、日本の推理小説の嚆矢とされる「半七捕物帳」は、コナン ドイルの「シ


ーロック ホームズ」を 原語で愛読して触発された岡本綺堂の名作であります。主人公の


半七は綺堂自身と同じく お江戸の面影を身に纏い英国紳士にも一脈通じる趣味人でした。


                      林家彦六

 同様の諧謔と書生っぽい正義感を相貌に刻んだ老紳士、林家彦六も 小生には忘れ難い

家ですね。73歳になって、43歳で襲名した一代限りの大名跡の正蔵を三平の死去に伴い

老名家に返上し、終生「噺家は庶民の中で暮らすのよ」と稲荷町の4軒長屋を住処とした


骨っぽさで「トンガリ」の仇名を奉られていました。そう言やぁ、稲荷町から寄席へ通勤
定期

券で通っていましたが、私用に際しては 通常乗車券を求める硬骨漢でした。ホテル
の朝食

バイキングでコーヒーを楽しむ彦六に陪席した弟子二人が大量の料理を食べ残すと
「手前の

腹の具合も分からねぇのか」と大喝し、周囲の客が 悄然 顔を伏せたのは有名な話でしたな。



狐を馬に乗せた様な


 衆人皆手放しで称賛する古今亭志ん朝師匠も敬愛私淑していたのが六代目こと三遊亭圓


生師匠であります。六代目の演ずる気障で自惚れ屋の若旦那もとい馬鹿旦那のことを「狐


を馬に乗せた様な」と圓生自信が解説したことがありましたね。動揺して落ち着きがない


とか言うことが当てにならず信用できない人物の意で、必要にして十分な性格分析です。


                  
             狐 馬

 昨日(15)の朝日新聞社会面の記事「『公立女子大行きたい』男性、出願不受理は違憲


と提訴へ」に拠ると、福岡在住の20歳のトンチキ野郎が公立福岡女子大で栄養士の免許を


取りたいと入学願書を出しましたが、大学側は受理しませんでした。良識と言うべきでし


ょう。しかし  20歳の薄馬鹿下郎は「性差別であり憲法違反だ」と金切り声を上げた訳で


す。しかも慰謝料40万円を要求していると聞いては開いた口が塞がりません。それを朝日


新聞が重大事件として取り上げた訳で、男も朝日も「狐を馬に乗せた様な」瘋癲ですな。


古今亭艶笑 ???


               志ん生 

 
小生が手放しで称賛する「三代目」と言やぁ古今亭志ん朝師匠ですが、三代目はご案内


の通り、落語を地で行く破天荒な人生を送り六代目三遊亭圓生と人気を二分した五代目古


今亭志ん生の次男です。志ん生の「火炎太鼓」なんざぁ小生も大爆笑させて頂きました。


先般、何気なく志ん生の艶笑噺「鈴振り」を拝聴しましたが、危うく笑い死にするところ


でした。遠州藤沢の古刹で次代の大僧正選出に当り、当代大僧正の「堅く邪淫戒を守る者


を」との特命を受け、大勢の候補者を本堂に集め股間の逸物に糸で鈴を結わえ付けます。


そこへ柳橋の芸者衆がしどけない紗の薄物を着て現れ、候補者にシナダレ掛かると、あち


こちでリンリンと鈴の音が響き渡り、本堂は秋の草原かという有様。大僧正これを聴いて


「末世じゃ」と嘆くまいことか。中でただ一人涼しい顔で念仏を誦し続ける僧に、大僧正


感涙に咽び「そなたが後継者じゃ」と股間を検めると、鈴は疾うに振り切れていました。

古今亭志ん朝⑩・・・佃祭②


                 412UiCVj0oL__AA168_.jpg

 歯痛からの解放を願う折には、お江戸の人々は、梨の実に「己の名」と「右上の親不知


等、不具合箇所」を墨痕鮮やかに書き込んで、やおら九頭竜大神おわします戸隠神社の方


つまり長野県長野市は戸隠の方角に向かって一心に平癒の祈りを捧げ、その後、大川に件


の梨の実を流したそうです。こうした風習を三代目は最後のオチの伏線として江戸前の噺


家らしく歯切れ好い軽い巻き舌で流暢に紹介します。しかも寄席芸人のサービス精神とし


て縁起を担ぎ「梨の実」を「有りの実」とサラリと言い替える心配りに頭が下がりますよ。


オヤジの志ん生は長屋のお通夜のドタバタや与太郎の身投げ捜しを滑稽話として前面に押


し出し、三代目金馬は次郎兵衛が三両の金で身投寸前の若い娘の命を救ったという陰徳が


三年後に渡し船の転覆と溺死から次郎兵衛を護ったという法話的な因縁噺として強調しま


したが、志ん朝師匠は両方を見事に止揚して笑いと涙の人情話に昇華してのけたのです。


古今亭志ん朝⑨・・・佃祭①


 ここ半年ばかり、古今亭志ん朝師匠の噺から遠ざかっておりました。いえ、何か格別の


事情があってというこっちゃござんせん。ですから、余計、ご無沙汰を悔やんでいます。


                                412UiCVj0oL__AA168_.jpg

 三代目、どうも不義理しちまって穴があったら入りたい心持でござんす。ご免なさい。


てな訳で、この1週間ほど、YouTubeで 未視聴の三代目の高座を総浚いしていますが、ま


ぁ 出るわ出るわ。「お化け長屋」、「今戸の狐」、「蒟蒻問答」、「近江百景」、「仲村

仲蔵」、「三
軒長屋」、「御茶汲み」、「水屋の富」・・・ 。1020じゃ 納まる訳もなく、

軽く百は超えて
いようかというネタ数で 昭和の名人の面目躍如です。その中で本日は「佃

祭」の一席でご
機嫌をお伺いします。何が好いたって、小生は 佃島のマクラに惚れている

のです。「昔は 信
心でもって病を治そうとしたもんで」で始まり「眼の病は薬師様、安産

なら水天宮様、歯
痛なら戸隠様に願をかけて」と続けば、否が応でも 昔の同胞達の健気さ

に癒されますよ。

池波先生と志ん朝師匠


 耳にタコとお叱りを受けましょうが、小生、粋で陽気な古今亭志ん朝師匠と渋い苦労人


の池波正太郎先生の至芸に夢中であります。ですから、池波先生の「鬼平犯科帳/盗法秘


伝」を志ん朝師匠の話芸に乗せた朗読劇なんざぁ、涎を垂らして聴き入ったものですよ。


             池波正太郎     412UiCVj0oL__AA168_.jpg

 立石図書館で「完本 池波正太郎大成 別巻」を眺めている内に、師匠と先生の対談録に


遭遇し、無闇と嬉しくなった次第です。お二方の座談は「女性」から「食べ物」、更には


「新国劇」やご両者の芸に共通の舞台「お江戸」へと跳び、変転自在・融通無碍の趣です。


迂闊でしたが、志ん朝師匠の実家「美濃部」は大身旗本の末裔だそうで、そりゃ江戸前の


古典落語を背負える血筋ですがな。ところで、志ん朝師匠は大の池波作品贔屓で息子さん


にも「忠吾」と名付けたそうです。俳優の加藤剛が愛息の名を「剣客商売」から頂いて「大


治郎」としたのに比べると「鬼平犯科帳」の三枚目「忠吾」は洒脱な師匠らしい選択です。

古今亭志ん朝⑧・・・酢豆腐


 お噂の食材偽装連鎖に関連して、古今亭志ん朝 お得意の一席 「酢豆腐」を本日(5日)


明の産経新聞「 産経抄」で 弄って貰い、贔屓の他愛なさ、すっかり嬉しくなりましたね。


                                       412UiCVj0oL__AA168_.jpg

 ご案内の通り 「酢豆腐」 は上方落語じゃ 「ちりとてちん」 に化けます。気障で 軽薄で 半


可通の鼻もちならない若旦那を 町内の若い衆が 寄って集って煽て上げて、腐った豆腐を食


べさせるという騒動の一部始終です。私ゃ、糠味噌の古漬けを 糠床から掻き出す 決死隊を


募っても 全員が 嫌がって固辞するので、通りかかったお調子者の半公から 沢庵を買う金を


騙し取る件の方が好みですな。産経抄結びの一席は親父の志ん生の末期の酒でした。孫娘


の池波志乃が、晩年の志ん生の体を気遣って 水で薄めた日本酒を注していたのですが、可


哀想になって 本物を出したところ 「酒は やっぱり 旨ぇなぁ」 の一言を 遺して 大往生を遂げ


たといいます。飲兵衛の域を超えて 何やら 酒仙の風格さえ漂う 志ん生のエピソードです。


古今亭志ん朝⑦・・・黄金餅


 皆さん、既に ご案内の通り、この噺は、粋で陽気な志ん朝お得意の 江戸名物 「黄金餅」

由来の一席ですが、落語通を気取る連中の的外れな能書には何時も苦笑させられますぜ。

                                      412UiCVj0oL__AA168_.jpg

 まず、気に入らないのは 「黄金餅」を立川談志の十八番と 持ち上げる半可通です。談志

の落語は、どれも 彼の 「鼻もちならない選良意識」と「お客様不在の自己満足」のため 聴

き終わって帰りしな、幸せな気分には 到底なりませんね。また、この噺を人間の欲望の醜

さを描いた異様な犯罪譚とする勘違いにも呆れてしまいます。吝嗇な念仏坊主の西念の臨 

終に際して、長屋の隣人、金兵衛は、江戸っ子の人の好さでアンコロ餅を振る舞うんですよ。

金兵衛が、亡くなった西念の呑み込んだ金を手に入れるために 苦心惨憺するのは、む
しろ

庶民の健全な逞しさというものです。最後に、下谷から麻布までの 早桶道中の地名を
流暢

に唱えるのが 聴きどころと言うなら、録音機こそ 不世出の名人じゃないですかね。

古今亭志ん朝⑥・・・そば清


 「蕎麦賭け」は、何でも 手っ取り早く白黒付けたがる 江戸っ子らしい フードファイトです。

                                    sobaillust.jpg      

 盛り蕎麦50枚は ぺロリいやツルリの 蕎麦っ喰いで名高い清兵衛、人呼んで「そば清」は、

彼の顔を知らない蕎麦屋の常連客と 蕎麦賭けを始め、 今日15枚、 翌日20枚、翌々日30

枚を平らげ、賭け金を 毟り取ります。蕎麦賭けで家を2軒建てた そば清の正体を知った常

連客は 60枚1両の真剣勝負を 持ち掛けますが、そば清は 商用に託(カコツ)け 信州路へ。

そこで、大蛇が狩人を丸呑みにして苦しみ 消化の為に赤い草を舐めるのを見ます。赤い

草を懐にお江戸に引き返した彼は・・・。実は、私は本編よりも志ん朝の枕の「熱いお茶と堅

い煎餅の3分勝負」の大の贔屓(ヒイキ)でして、煎餅喰いが 口中血だらけにして 後一口まで

ぎ着けた時、それまでひたすらフウフウと冷ましていたお茶飲みがグウッと一息に湯呑を

空けて勝ってしまうという駆け引きに 底の抜けた様な馬鹿ばかしさと爽快感を 覚えます。

古今亭志ん朝⑤・・・夢金


 志ん朝の迫真の人物描写で聞く「夢金」は、小泉八雲の「雪女」にも 引けを取らない「雪
 

の夜話」の名作です。大雪の夜のひっそりとしたお江戸の情景が目に浮かぶ様です。

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 欲張りの船頭の熊蔵が、抜身の妖刀「村正」の様な無頼浪人の手から、さる大店のお嬢

さんを救い出し、過分のお礼を頂戴します。熊蔵は有頂天になって 手前の金玉を握り締め、

痛さに跳び上がるという結末が、救出劇の緊迫から、一転、安堵をもたらします。 この話

もう一つの魅力は、人々が自然に寄り添う様に暮らしていた時分の お江戸の言い回しを


ん朝が情緒滴(シタタ)る様に語ってくれることです。私達の故郷の様な江戸言葉を一、二、


わってみましょう。「欲深き人の心と降る雪は 積もるにつけて道を忘るる」 という道歌や
「箱

根山 駕籠に乗る人担ぐ人そのまた草鞋を作る人」の狂歌なんぞは、健全なニヒリズム
と言

うか、分を弁えた慎み深いお江戸の庶民の心がしみじみ伝わってきます。

古今亭志ん朝④・・・五人廻し



 「五人廻し」は 志ん朝お得意の賑やかな廓話で、 聴く方は 笑いっ放しですが、 演者は途


轍もない技量が要求される大ネタです。 まず、遊客と娼妓の駆け引きや独特のしきたり (廓


法) に彩られた江戸吉原の世界に 一気に 聴衆を引き摺りこむ膂力が 必要条件となります。


更に、 喜瀬川花魁に こぞって振られた五人の客それぞれの 「女が来ないんだから 玉返せ」


という 悔し紛れの悪態を 演じ分ける技の切れ味が 十分条件となり、 こいつが 滅法難しい。


                         412UiCVj0oL__AA168_.jpg


 一人目は 「口ばっかりで 腸はなし」 の鯉幟のような お職人。 二人目は 「江戸っ子」 と言


い張る 下総辺りのお百姓。 三人目は色男きどりで役者の声色をまねる様な半可通。四人目


が一番好きなんですが、壮士風の大言居士。白髪三千丈の悲憤慷慨ですが所詮は花魁に振


られた末の八つ当たりですから 滑稽です。 最後に 訳知り顔の田舎のお大尽。 ただ男どもに


片っ端から しょい投げ喰らわしても 花魁を憎めないのは、 やはり 演者の人柄でしょうね。

崇徳院

  英語のhumour(ユーモア)とhumidity(湿度)は語源を同じくしますが、粋で陽気な

志ん朝の自家薬籠中の一席「崇徳院」も、老若男女の区別なく“潤いのある笑い”を景気

よく降らせます。笑いと湿度は、古来、微にして妙なる関係があるようです。


                                             412UiCVj0oL__AA168_.jpg                   

 登場人物は、長屋の熊五郎と家主の大旦那に若旦那、熊さんのおかみさん、最後に絡

む(鳶の)頭と床屋の亭主です。日本史上では大怨霊と畏れられた崇徳院(讃岐院)です

が、ここでは「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあはむとぞ思ふ」の御製を狂

言廻しに、 無類のテンポの好さで話が転がります。私は、恋煩(わずら)いで伏せる若旦

那と人は好いがガサツな熊五郎との遣り取りが大好きです。育ちの良い若旦那がためら

いながらも熊五郎に恋煩いを打ち明けるんですが、熊五郎は若旦那の純情と繊細さに噴

き出す始末。若旦那の「元気なら ぶつよォ~」の台詞こそ、ほど好いお湿りのユーモアで

すね。

抜雀

                   412UiCVj0oL__AA168_.jpg                           
 古今亭の数あるお家芸の一つ「抜雀」の一席は、日本人好みのいわゆる名人譚です。

左甚五郎の手になる龍の彫物が夜中に池の水を飲んだり、小僧時代の雪舟の涙で描い

た鼠がチョロチョロと走ったり、近くは中島敦にも弓の「名人伝」がありますが、こういう話

は、皆さん大好きですね。私もご多分にもれず、この手のお噂に目がないんです。


 東海道は小田原宿の貧乏旅籠に垢じみたナリの若いお武家が泊ったのがことの発端で、

実は、このお武家が名人と言って差し支えない絵師なんです。懐中からっけつの絵師です

が、どこまでも威風堂々誇り高く、女将さんの尻に敷かれた人の好い宿の亭主とのやりと

りは何度聞いても噴き出してしまいます。最終的には、借金の形(かた)に絵師がついたて

に描いた絵に二千両の値がつき、宿の夫婦に思わぬ福が舞いこむというめでたい話です。

名人譚は、人間の可能性に対する私たちの素朴な讃歌なんでしょうね。

明烏

  今朝、荒川を2時間ほど散策しながら、久方ぶりに、志ん朝の「明烏」を聴きましたが、

やはり何ともいえぬ味わいがあります。粋で、陽気で、芸の奥行きが深い。6代目円生

と親父の志ん生が昭和の名人なら、志ん朝は文句なしに平成の名人でしたね。しかも、

円生の古典芸能への造詣に支えられた折り目正しい芸風と志ん生の破天荒な底抜けの

おかしさが二つながらに、志ん朝という生身の噺家の中で見事に溶け合い、結晶化した

という奇跡のような存在でした。

                   412UiCVj0oL__AA168_.jpg

  「明烏」では、学問三昧のカタブツの若旦那、酸いも甘いもかみ分けた大旦那、あまり

身性のよくない町内の遊び人の源兵衛と太助、客さばきの上手な吉原の大見世(おおみ

せ)のおかみといった五人の登場人物の性格や所作が眼前にありありと演じ分けられ、

たった一人の人間がつくった演劇空間とは思えませんよ。「よっ、大看板。」と声をかけた

かったなぁ。
 
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プロフィール

東西南北客争来

Author:東西南北客争来
昭和25年 福岡県北九州市生まれ
麺と酒と銭湯を 人並にこよなく愛し
古今亭志ん朝とロッドスチュワートを聴き
柴犬と白川静と池波正太郎に夢中

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